2017年6月30日金曜日

冷やし中華好き

冷やし中華好きのチビ二人^^;
(愚息の両潤さん、蓮潤さん。)


押忍!(^^)

今日の言葉 稽古 お知らせ

感じる力は「理想」と「貪欲さ」から生まれる
━━━━━━━━━━━━━━
野村克也(野球評論家)
※『人生を勝利に導く金言』(致知出版社刊)より

拳立て五十九回です。


押忍!

敷居が低い人

【敷居が低い人】


西沢泰生氏の心に響く言葉より…


高田純次さん。

テレビのお散歩番組の中で、

すれ違うおばちゃんの集団から声をかけられれば、気さくに挨拶を返して、「どこの女子高生?」なんて言って、笑わせます。

その軽妙さが実にイイ。


あるときは、こんなこともありました。

例によって高田さんが街を散歩していると、通りすがりのおばちゃんが高田さんに気がついて大感激。

なんと、とんでもないことを言ってきたのです。

「すぐ近くで私の妹がバーをやっているのよ!案内するから、ちょっと一緒に来て!」


ちょっ、ちょっと、おばちゃん、今、高田さんは本番中ですぞ!

と、番組を見ながら思う私。

しかし、言われた高田さんは軽快でした。

「何?妹?美人?」などと言いながら、おばちゃんのあとに着いていくではありませんか!

「そうそう、私と違って美人だから安心して」とおばちゃん。

「そう、美人なんだぁ、でも、バーなんだから、こんな、真昼間から行ってもまだやってないよねぇ」などと、反論とも独り言ともわからないことをつぶやきながら、結局は、そのおばちゃんのあとに続く高田さん。


このシーンを見ながら、私は高田純次というタレントの「敷居(しきい)の低さ」にすっかり感心してしまったのです。

1947年生まれ、1977年デビューというのですから、年齢も芸歴もすっかり大御所と言ってよいキャリアです。

それなのに、素人のおばちゃんに「一緒に来て!」と言わせる「声のかけやすさ」と、それにヒョコヒョコと乗ってしまう軽さ加減。


年齢を重ねて、それなりの地位になってからも「敷居が低い人」でいることって、実は簡単ではないと思います。

でも、「敷居が低い人」でいたほうが、「一緒にいて楽しい」と思ってもらえるし、イイ情報が飛び込んでくる確率がグンと上がります。

だって、声をかけやすいのですから…。


ちなみに、年をとって、「さん付け」されるならまだしも、周りから「〇〇先生」なんて呼ばれ出したら、「実は、陰で煙たがれている敷居が高い人」になっているかもしれません。

ご注意くださいませ!


『思い出すだけで 心がじんわり温まる50の物語』三笠書房





良寛禅師の有名な話がある。

村の子供たちとかくれんぼをしていた良寛さんが上手に隠れたため、子供たちは見つけることができなかった。

やがて夕飯の時間となり子供たちは、仕方なくそれぞれの家に帰って行った。

やがて、あたりは真っ暗になったが、軒先に隠れている良寛さんを、村人が見つけた。

驚いて問いただしたところ良寛さんは、「静かにしてくだされ、子供たちに見つかってしまう」と小声で話したそうだ。


突き抜けた名僧には、こだわりがない。

相手が子どもであろうと、遊ぶときは真剣になって遊ぶ。

垣根がないのだ。

けっして、威張らないし、偉そうにしない。


こだわりのない人は、敷居の低い人。

そして、誰からも声をかけられやすい人。


《歳とってやっちゃいけないことは「説教」と「昔話」と「自慢話」》(高田純次)

幾つになっても、敷居の低い人でありたい。



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魂・気・脳

【肉体が亡くなると、魂は悟れない】

人間は、実は目に見えない霊体の方が本質体(=魂と心)で、
この本質体を真我といい、肉体は自我というのです。

人間はこの本質体を磨く生き方をすることが大切です。
霊体は肉体がないと、成長のためのメッセージを受け取ることが出来ません。

もし地上にいる間に自分を磨かないと、魂が十分に磨かれずに、
また地上に戻って肉体をまとい、修行をしなければなりません。
そのため、人間は、魂を磨くために,何度も地上に生まれ変わってくるのです。

人間は魂を磨くために生まれてきたことを悟り、魂を磨く行をすることが大切なのです。

魂は肉体を通してメッセージを受け取り,それを次に心が受け取ります。
肉体を失ってしまうと、本来のメッセージを受け取ることが出来ず、
そのため学べず、行ずることが出来ず、成長がないのです。

つまり悟れないのです。

七田 眞(七田チャイルドアカデミー) 著『魂の人生学』より


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無駄なことにこそ真実あり

【虚空裏に楔を釘つ】

禅の修行僧は、
毎日掃除をしています。

悟りを開くためには、
掃除なんかするよりも、
仏教書を読んだり、
偉い禅僧の話を聞いたりするほうが、
よほど勉強になるのでは?
と思いませんか。

「一見、ムダに思えるようなことが、
 実は大切だ。後々役に立ってくる」
と教えるのが禅なのです。

掃除、食事、入浴・・・
すべてが修行なのです。

「虚空裏にくさびを釘つ」
という禅語があります。

「空気の裏側に釘を打つ」
という意味です。
これは、まったく役に立たない
ムダな行為です。
しかし、
「そういう、一見、
 ムダと思える行為を
 おろそかに思ってはいけない」
という教えです。

料理人の修行は皿洗いから始まります。
見習いの中には、
これをムダな雑用を押しつけられていると
不満に思う人もいます。

でも、
優秀な人は、
お皿の残りものから
ソースの味付けを学んだり、
お客様の食べ残しの具合から
人気メニューを探ったり、
盛りつけの量が多すぎないか探ったり、
立ち仕事に必要な体力をつけたりします。

一見、ムダに思えることの中にも、
得られるものがたくさんあるのです。
要は、気持ちのもちようです。
ムダと思ってしまえば、
それは本当にムダになります。
でも、ひとたび、
「ここから、なにか学べるだろう?」
という意識を持てば、
そこは一瞬で、
すばらしい学びの場に変わるのです。
すべてはあなた次第なのです。

◎「ここから、なにが学べるだろう?」と、
  問い掛けてみる

 出典:「いいこと」がいっぱい起こる!禅の言葉

==============================

ムダに思えることを
どんなに排除してみても、
その行為自体が
ムダになっていると気がつくだけだ。


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すべてがあなたにちょうどいい

【すべてがあなたを決めている
       すべてがあなたにちょうどいい】
 
 
 
お釈迦様の言葉に、
このようなものがあります。

すべてがあなたにちょうどいい。

今のあなたに今の夫がちょうどいい。
今のあなたに今の妻がちょうどいい。
今のあなたに今のこどもがちょうどいい。
今のあなたに今の親がちょうどいい。
今のあなたに今の兄弟がちょうどいい。
今のあなたに今の友人がちょうどいい。
今のあなたに今の仕事がちょうどいい。

すべてがあなたにちょうどいい。

自分の思いどおりにならない社員に対して、
ひどく怒ったり、怒鳴りつけたり、
威張ったりする社長がいるとします。

そのような社長が、私に

「社員が自分の思いどおりにならない。
 どうして思いどおりに動かないんだろう。
 どうしたら、
 自分の思いどおりに動くようになるか」

と相談に来ることがあります。

私は、そのような質問を受けたときは、
今書いたようなお釈迦様の
「ちょうどいい」
という言葉の話をします。

「すべてがちょうどいいのだそうですよ。
 自分の思いどおりにならない社員に対して
 怒鳴ったり、怒ったり、
 威張ったりしていませんか?」

と聞きますと、

「それは、ときにはそうしないといけない」

と話されます。

でも、それは違うらしい。

怒鳴ったり、怒ったり、
威張っている人のもとには、
そのような社員しか集まってこない。

反対に、どんなことに対しても
笑顔で、にこやかに、温かさを持って
接することができる人は「人格者」であり、

「人格者」のもとには、
にこやかで楽しい人が集まってきます。

「私」がすべてを決めています。
すべてが自分にちょうどいいのです。

「私は会社を辞めたいと思っている。
 うちの会社はこうで、専務はこうで、
 社長はこうで、部長はこうで、
 どうしようもない。嫌になる」

と話す人が結構います。

そういうとき、私は次のように話します。

「あなたの言っている上司や会社は
 たしかにそうかもしれません。
 100%正しいことを誇張なく
 言っているのかもしれませんが、
 あなたはその会社で給料をもらって、
 それで食べているのですよね。

 自分の生活を成り立たせてくれる
 会社や上司に対して、
 そういう愚痴や悪口を
 平気で言えるあなたは
 どうしようもない社長、専務、部長と
 同じような、どうしようもない社員なので
 ありませんか?」

そう言われてショックを感じつつも、 
ハッと気づく人がいます。

つまり、
人の悪口、会社の悪口を言っている
というのは、実は、
全部自分を暴露していること
にほかならないのです。

ー 小林正観 −


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武士道とは死ぬこととみつけたり

 
【 死を前に語った後悔してる20のこと 】
 
 
(1)他人がどう思うかなんて、
   気にしなければよかった。
 
 
(2)もっと幸せを噛みしめて
   生きればよかった。
 
 
(3)もっと他人のために
   尽くせばよかった。
 
 
(4)あんなにくよくよ
   悩まなければよかった。
 
 
(5)もっと家族と一緒に
   時間を過ごせばよかった。
 
 
(6)もっと人にやさしい言葉を
   かけてやればよかった。
 
 
(7)そんなに心配しなければよかった。
 
 
(8)もっと時間があったなら。
 
 
(9)もっと冒険して、
   思い切って生きればよかった。
 
 
(10)もっと自分を
   大切にすればよかった。
 
 
(11)他人の言うことより、
   もっと自分の直観を
   信じればよかった。
 
 
(12)もっと旅に出ておけばよかった。
 
 
(13)あんなにがむしゃらに
   働かなければよかった。
 
 
(14)一瞬一瞬をもっと大切に
   生きればよかった。
 
 
(15)子供たちに好きなことを
   させてやればよかった。
 
 
(16)最後に言い争いなど
   しなければよかった。
 
 
(17)自分の情熱に従えばよかった。
 
 
(18)もっと自分に正直に
   人と接すればよかった。
 
 
(19)あのとき、本音を言って
   しまえばよかった。
 
 
(20)なにかひとつでも
   目標を達成すればよかった。
 
 
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今の若いものは、

実年者は、
 
今どきの若い者などと
 
いうことを絶対に言うな。
 
 
 
なぜなら、
 
われわれ実年者が若かった時に
 
同じことを言われたはずだ。
 
 
 
今どきの若者は全くしょうがない、
 
年長者に対して礼儀を知らぬ、
 
道で会っても挨拶もしない、
 
いったい日本はどうなるのだ、
 
などと言われたものだ。
 
 
 
その若者が、
 
こうして年を取ったまでだ。
 
 
 
だから、
 
実年者は若者が何をしたか、
 
などと言うな。
 
 
 
何ができるか、
 
とその可能性を
 
発見してやってくれ。
 
 
 
− 山本五十六 −
 
 

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2017年6月29日木曜日

正拳の強化!(握りの強化)

正拳の強化!(握りの強化)


押忍!

極真空手 蒲郡 武道空手道場

お疲れ様です。^^;

いつもお世話になり、ありがとうございます。


本日の極真 蒲郡道場の稽古風景です。



本日も一日、お疲れ様でした、ありがとうございました。



感謝致します。



押忍^^;

今日の言葉 稽古

せいいっぱいの努力をしたら、
結果についてクヨクヨ考えない
━━━━━━━━━━━━━━
平澤興(京都大学元総長)
※『致知』2016年9月号「恩を知り 恩に報いる」より

拳立て五十八回です。


押忍 石黒康之

極真空手 豊橋 豊川 武道空手道場

お疲れ様です。^^;

いつもお世話になり、ありがとうございます。


本日の極真 豊橋 豊川 各道場の稽古風景です。


本日も一日、お疲れ様でした、ありがとうございました。



感謝致します。




押忍^^;

騎馬立ち順突き

騎馬立ち順突き!(下半身の溜めの稽古)


押忍!

2017年6月28日水曜日

静岡県立浜松湖南高校同窓会

8月12日(土曜日)に開催される、
静岡県立浜松湖南高等学校同窓会オープニングにて極真空手演武を承りました!^^;

(因みに私は浜松湖南高校第3期生であります。^^;)



恥ずかしくない様にしっかりと準備、稽古をして挑みたいと思います。


この様なチャンスを与えていただきまして誠ににありがとうございます。^^;



心の底より感謝申し上げます。




押忍!^^;

静岡県立浜松湖南高校同窓会

8月12日(土曜日)に開催される、
静岡県立浜松湖南高等学校同窓会オープニングにて極真空手演武を承りました!^^;


恥ずかしくない様にしっかりと準備、稽古をして挑みたいと思います。


この様なチャンスを与えていただきまして誠ににありがとうございます。^^;



心の底より感謝申し上げます。




押忍!^^;

今日の言葉 稽古

自分は何がしたいのか。自分は何になりたいのか。
何をもって自己実現し、社会に尽くしたいのか、
まずそれを見極めることである
━━━━━━━━━━━━━━
渡部昇一(上智大学名誉教授)
※『渡部昇一 一日一言』より


拳立て五十七回です。



押忍 石黒康之

批判、なにするものぞ!

他人を批判する人たちが記念碑になったことはない。

だが、
批判されたほうの人たちは、
ときどき記念碑がつくられている。
        
     ———ユルゲン・ヘラー


押忍!

2017年6月27日火曜日

極真空手 浜松大蒲 武道空手道場

お疲れ様です。^^;

いつもお世話になり、ありがとうございます。


本日の極真 浜松大蒲道場の稽古風景です。


本日も一日、お疲れ様でした、ありがとうございました。



感謝致します。



押忍^^;

只今、筋トレ中!

極真空手  浜松大蒲道場



只今、筋トレ中!




押忍!




光の世界

【今世この世に来た意味がある】


北川八郎氏の心に響く言葉より…


《釈尊はいわれる

生きとし生ける者どもは死ぬであろう。

生命は終(つい)には死に至る。

人は、作った業に従って赴(おもむ)き、それぞれ善と悪の報いを受ける。

老いた人々も、若い人々も、その中間の人々も順次に去って行く。

熟した果実が、枝から落ちてゆくように。

昼夜は過ぎ行き、人間の寿命は尽きる。

男も女も幾百万人と多くいるが、財を蓄えたあげく、死の力に屈する。

いくら財を蓄えても、最後には生命の方が尽きてなくなってしまう。

高い地位・身分も終には離れてしまう。

歩んでいても、止まっていても、人の命は昼夜に過ぎ去り、とどまりはしない。

たとえ百歳を生きたとしても、終には死に帰着する。》



人の今世に生まれた使命の一つは、前世の悪しき業を修正し、その痛みと喜びを学びに来たことだといえる。

だから、釈尊はあの世においては、人は今世作った業に応じてそれぞれの住む光のレベルが決まるといわれる。

今の世の善と悪の報いに応じて、あの世の学びのクラスが違ってくる。

人は皆、楽しむ人も、苦しむ人も、嘆く人も、喜ぶ人も、果実が木から落ちるように寿命は尽き、魂の大海に呑まれる。


多くの人は地位と財を目指すけれど、百年もつことはほとんどなく、またいくら財を蓄えても、生命の方が先に滅してゆく。

私たちの命の電池はもうあまりないことを知って、あわてず急いだ方がいい。


どんな高い地位も身分も命をそれを捨てて、あの世に赴く。

眠っていても、歩んでいても、笑っていても、TVを見ていても、止まることなく、昼夜に命の電池は消耗してゆく。

百歳生きても、それは一瞬にして、必ず人は死に帰着する。

いつまでも生きられると思うなかれ。

時の過ぎゆくは、過ぎてみると早いと知る。


今世の善き行為と、悪しき行為の光の明るさによって、あの世では苦を受け、さらに来世では悪をなした人の立場が替わり、与えた苦を自分が受けて、その苦の深さとつらさと痛さを味わって、次の世で修正するチャンスを与えられる。

私たちはみな、今世この世に来た意味がある。

財と地位を手にし、快と、野望を果たしに、人間として生を与えられたのではない。

あらゆる、命の尊さ、美しさ、楽しさ、喜びの深さを学びにきているのだ。


『ブッダのことば 「百言百話」』致知出版社





「因果応報(いんがおうほう)」という言葉がある。

善い行いをすればよい報いがあり、悪い行いをすれば悪い報いがある、ということ。

しかし、この世に生きている間に、ひどく悪いことをした悪人に、悪い報いがないということは間々(まま)あることだ。

なんであんなひどい人間に罰がくだらないのか、と思う。

しかし、釈尊は、それは来世において報いがある、という。




朝比奈宗源(あさひなそうげん)老師の知り合いの僧は、博打(ばくち)ばかりするひどい人間だったという。

その僧が博打をやって負けて帰ってくると、宗源老師は「あいつもやがて死ぬやっちゃ」と独り言をいっていたという。

それは、老師が、「しかたのないやつだ…」と諦観(ていかん)して言った言葉だ。

この世では罰(ばち)は当たらないかもしれないが、あの世でその報いを受けるのに、と。


「私たちはみな、今世この世に来た意味がある」

あらゆる、命の尊さ、美しさ、楽しさ、喜びの深さを日々学びたい。



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今日の言葉 稽古

「幸せを呼び込む
 7つの祝福神」

 うれしい
 楽しい
 幸せ
 愛してる
 大好き
 ありがとう
 ついてる

 小林正観
 月刊『致知』より


拳立て五十六回です。


押忍 石黒康之

子供は全部、自分の子(^^)

店主「心意気や」

めし代のない学生「皿洗い30分」でタダ…

餃子の王将出町店の35年

2017年6月11日 9時46分 弁護士ドットコム
 
 

「めし代のない人 お腹いっぱい ただで食べさせてあげます。
但し食後30分間お皿洗いをしていただきます。
18歳以上の学生さんに限定」
 
 

こんな張り紙を玄関先に掲げて、多くの若者に親しまれてきた店が、京都市上京区の学生街にある。
「餃子の王将」京都出町店だ。
 

店主の井上定博さん(67)は
「皿洗いした学生の中には、弁護士になった人もおんねんで」
と目を細める。
 

井上さんは23歳のころ「餃子の王将」で働きだし、いくつかの直営店の店長をつとめた後、フランチャイズの「出町店」をオープンさせた。
 

直営店の店長時代と合わせて35年間、「皿洗い30分」で定食を
タダにしてきた。店の全盛期には1日8人が皿洗いを申し出ていたが、最近では多くて1日3人ほどだという。
 

店の近くには、京都大学や同志社大学があり、客のほとんども学生だ。「ほんまは、『皿洗いさせて』と言うた根性に免じて、(皿を洗わなくても)タダでいいと思うとる。
 

衣食住で『食』が一番大事や。金がなくても腹は減る。
学生は勉強してえらい人になったらええ」(井上さん)
 

●「オレもめし代のない時代があったんや」
「若いころ、オレも散々苦労した。めし代のない時代があったんや」。井上さんは20歳で結婚し、すぐに子どもができた。必死になって働いたが、その日の食事に困ることがあった。あるとき、年配の知人から「晩めしを一緒に食べへんか?」と誘われたことがあるという。井上さんはこのことが今でも忘れられない。

「名前も顔も覚えとるわ。自分の子どものように、ようかわいがってくれた。水炊きとか焼肉を食べさせてもろた。もうこの世におらんから、直接、恩返しできへん。せやけど、幸いにも、こういう商売しとるわけやから、今の若い子らに食べさせることになるわな」
 

この店の特別なところは、「皿洗い」だけではない。余った唐揚げをその場にいる客全員にタダで提供することもあるのだ。井上さんは「サービスちゃうで。心意気や、心意気」と笑う。そんな店は新聞やテレビで取り上げられたり、漫画『取締役 島耕作』(弘兼憲史)のあるエピソードのモデルにもなった。
 

井上さんは、皿洗いをしたことがない学生たちからも親しまれている。「卒業してからも一升瓶ぶらさげてやって来るやつもおれば、医者になったやつは『おっさん、金に困ったらタダでみたる』と言うてくれる」という。だが、「そんなに感謝はいらん」と話す。
 

「世の中、自分の子どもさえよかったらいい、他人の子どもはどうでもいいという人が多い。

せやけど、他人の子どもも大事にするんや。

そうすると、自分の子どもに『徳』が返ってくると信じてる。そうやって、世の中がよくなっていったらええやん」
 

弁護士ドットコムニュースより
 
 
 

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押忍!

2017年6月26日月曜日

指導員の皆様、いつもありがとうございます!^^;

極真空手



蒲郡道場 月曜日合同部
担当指導員 山口真吾初段


浜松西伊場道場 月曜日合同部
担当指導員 内藤貴之初段



本日もありがとうございました。

心の底より感謝申し上げます。



押忍! 石黒康之