2016年6月30日木曜日

極真 空手 蒲郡 浜松大蒲 道場

お疲れ様です。(^^;;


いつもお世話になり、ありがとうございます。



本日の極真 蒲郡 浜松大蒲 各道場の稽古風景です。




本日も一日、お疲れ様でした、ありがとうございました!





押忍^^;

人生の中で起こってくる
 
問題というのは、
 
必ずといっていいほど
 
自分の弱点を突いてきます。
 
 
 
弱点に気づかせ、
 
チャンスをくれているのですから、
 
感謝するべきものなのです。
 
 
 
− 江原啓之 −
 



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押忍!
 

実年者は、
 
今どきの若い者などと
 
いうことを絶対に言うな。
 
 
 
なぜなら、
 
われわれ実年者が若かった時に
 
同じことを言われたはずだ。
 
 
 
今どきの若者は全くしょうがない、
 
年長者に対して礼儀を知らぬ、
 
道で会っても挨拶もしない、
 
いったい日本はどうなるのだ、
 
などと言われたものだ。
 
 
 
その若者が、
 
こうして年を取ったまでだ。
 
 
 
だから、
 
実年者は若者が何をしたか、
 
などと言うな。
 
 
 
何ができるか、
 
とその可能性を
 
発見してやってくれ。
 
 
 
− 山本五十六 −
 
 
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押忍!

【栄光浴という言葉】


伊藤由美氏の心に響く言葉より…


『栄光浴(えいこうよく)』という言葉があります。

「欲」ではなく「浴」。

社会的に評価の高い他者とのつながりを強調することで自分の印象や評価を高めようとすること、だそうです。


「オレが勤めている会社は、業界内では超一流企業なんだぜ(だから、そこにいるオレもすごいだろう)」

「いとこがファッションモデルやっていて、有名なデザイナーのショーにもよく出ているんだ(そんな親戚がいる私ってすごいでしょう)」…という具合です。

つまり、その人がいちばん言いたいのは、言葉になっていない「すごい」というフレーズなんですね。


有名人や芸能人と知り合いだとか、交流があるとか、そういうことを声高にひけらかす人の心理は、ほとんどがこの「栄光浴」と言っていいでしょう。

「今、仕事でタレントの○○と週イチで会っているんだよ」

「私の行っている美容院に女優の○○も来ていて、私と担当者が一緒なの」

…こんな自慢には「すごい」「羨ましい」と思われたい気持ちが潜んでいます。


でも現実はなかなか思うようにはいきません。

周囲の人は、むしろ「へぇ、そうなんだ」「だから?」「それでどうしたの?」くらいにしか思っていないものですよ。

栄光浴という心理行動は、自分に自信がないために他人の成し遂げた栄光の力を借りて、自分を大きく見せようという都合のいい発想です。


そして栄光浴が強い人、栄光浴に感化されやすい人のことを、世間では「ミーハー」と呼ぶわけです。

また、栄光浴の対象となるのは芸能人や著名人だけではありません。

例えば、「高級ブランド品をたくさん持っている自分はセレブだ」「フェラーリに乗っている自分は成功者だ」「六本木ヒルズに住んでいる自分はすごい人間だ」といった考え方も栄光浴に該当します。

つまり、ブランド品や高級外車、高級マンションという栄光の力を借りているわけです。


栄光浴とは、「人のふんどし」で相撲を取ろうとするようなもの。

本当にデキる人は、他人の威を借りずに、堂々と自分のふんどしで勝負するものですよ。


『粋な人、無粋な人』ぱる出版





人間は、「自分を認めてもらいたい」、「ほめてもらいたい」と渇望(かつぼう)する生き物だという。

しかし、それが行き過ぎると、自分を少しでも大きくみせようとしてしまう。

「栄光浴」もその一つ。


「無名有力」という言葉がある。

マスコミにも出ないし、まったくの無名ではあるが、しかし人やまわりを動かすことができる真の実力を持っているということ。

この反対が、「有名無力」。

有名であるが、全く力がないし、影響力が少しもない。


本当に魅力のある人は、「無名有力」な人。

無名有力な人は粋だ。

栄光浴を戒め、粋に生きたい。



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押忍!

今日の言葉 稽古

石黒ブログを読んで頂けるご縁に感謝致します。

いつもお世話になり、ありがとうございます。




「この道しか生きる道はないと感じたら一人前ですよ」

野村克也(野球評論家)

▼『人生を勝利に導く金言』(致知出版社刊)P265より

拳立て四十八回です。



押忍 石黒康之

2016年6月29日水曜日

極真 空手 豊橋 豊川 湖西 道場

お疲れ様です。(^^;;

いつもお世話になり、ありがとうございます。


本日の極真 豊橋 豊川 湖西 各道場の稽古風景です。



本日も一日、お疲れ様でした、ありがとうございました!




押忍^^;

今日の言葉 稽古

石黒ブログを読んで頂けるご縁に感謝致します。

いつもお世話になり、ありがとうございます。




「仕事にも人生にも締め切りがある。

常に先を見通して時間を無駄にせず、
一つひとつの仕事をテキパキと仕上げていくことが大事」

道場六三郎(銀座ろくさん亭主人/「料理の鉄人」初代・和の鉄人)

▼月刊『致知』2016年7月号「腹中書あり」より

拳立て四十七回です。



押忍 石黒康之

2016年6月28日火曜日

『タモリさんの弔辞』

自分の人生にも他人の人生にも

影響を及ぼすような大きな決断を、

この人はこの場でしたのです。

それにも度肝を抜かれました。

それから長い付き合いが始まりました。

しばらくは毎日新宿の「ひとみ寿司」

というところで

夕方に集まっては

深夜までどんちゃん騒ぎをし、

いろんなネタを作りながら、

あなたに教えを受けました。

いろんなことを語ってくれました。

お笑いのこと、映画のこと、絵画のこと。

他のこともいろいろとあなたに学びました。

あなたが私に言ってくれたことは、

いまだに私にとって

金言として心の中に残っています。

そして仕事に生かしております。

赤塚先生は本当に優しい方です。

シャイな方です。

麻雀をする時も、相手の振り込みであがると

相手が機嫌を悪くするのを恐れて、

ツモでしか

あがりませんでした。

あなたが麻雀で勝ったところを

見たことがありません。

その裏には強烈な反骨精神もありました。

あなたはすべての人を快く受け入れました。

そのためにだまされたことも数々あります。

金銭的にも大きな打撃を受けたこともあります。

しかし、

あなたから後悔の言葉や相手を

恨む言葉を聞いたことはありません。

あなたは私の父のようであり、

兄のようであり、

そして時折見せるあの底抜けに無邪気な笑顔は、

はるか年下の弟のようでもありました。

あなたは生活すべてがギャグでした。

たこちゃん(たこ八郎さん)の葬儀の時に、

大きく笑いながらも目からは

ぼろぼろと涙がこぼれ落ち、

出棺の時、

たこちゃんの額をぴしゃりと叩いては、

「この野郎、
 逝きやがった」と、

また高笑いしながら大きな涙を流していました。

あなたはギャグによって物事を

動かしていったのです。

あなたの考えはすべての出来事、

存在をあるがままに

前向きに肯定し、受け入れることです。

それによって人間は、重苦しい陰の世界から

解放され、軽やかになり、

また、時間は前後関係を断ち放たれて、

その時、その場が異様に明るく感じられます。

この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。

すなわち、

「これでいいのだ」と。

今、2人で過ごしたいろんな出来事が、

場面が、思い浮かんでいます。

軽井沢で過ごした何度かの正月、伊豆での正月、

そして海外への、あの珍道中。

どれもが本当にこんな楽しいことがあっていいのかと

思うばかりのすばらしい時間でした。

最後になったのが京都五山の送り火です。

あの時のあなたの柔和な笑顔は、

お互いの労をねぎらっているようで、

一生忘れることができません。

あなたは今この会場のどこか片隅で、

ちょっと高い所から、あぐらをかいて、

ひじを付き、ニコニコと

眺めていることでしょう。

そして私に

「おまえもお笑い
 やってるなら
 弔辞で笑わしてみろ」
 
 

と言ってるに
 違いありません。

あなたにとって死も1つの

ギャグなのかもしれません。

私は人生で初めて読む弔辞が、

あなたへのものとは

夢想だにしませんでした。

私はあなたに生前お世話になりながら、

一言もお礼を言ったことがありません。

それは肉親以上の関係であるあなたとの間に、

お礼を言う時に漂う他人行儀な雰囲気が

たまらなかったのです。

あなたも同じ考えだということを、

他人を通じて知りました。

しかし、今、お礼を言わさせていただきます。

赤塚先生、

本当に
お世話になりました。

ありがとうございました。

私もあなたの
数多くの作品の1つです。

合掌。

タモリは手にしていた紙を

何度も見ながら弔辞を読んでいたが、

紙は白紙で、

すべてアドリブだった可能性がある。

7日夜放送のテレビ朝日「報道ステーション」では

弔辞の様子をVTRで伝え、

映像から
「手にした紙には何も書かれて

いないようにも見える」と指摘。

インターネット上の掲示板でも話題となり

「白紙なんだよね。 すごいよタモさん」

「あの長い弔辞を白紙で読んでるとかすげぇな」

「読み上げるふり。ささげるギャグなのかな」

などといった書き込みが相次いだ。

「タモリの弔辞」

8月2日にあなたの訃報に接しました。

6年間の長きにわたる闘病生活の中で、

ほんのわずかではありますが回復に向かっていたのに、

本当に残念です。

われわれの世代は赤塚先生の作品に影響された

第1世代といっていいでしょう。

あなたの今までになかった作品や、

その特異なキャラクター、

私たち世代に強烈に受け入れられました。

10代の終わりからわれわれの青春は

赤塚不二夫一色でした。

何年か過ぎ、

私がお笑いの世界を目指して九州から上京して、

歌舞伎町の裏の小さなバーで

ライブみたいなことをやっていた時に、

あなたは突然私の眼前に現れました。

その時のことは今でもはっきり覚えています。

赤塚不二夫が来た。

あれが赤塚不二夫だ。

私を見ている。

この突然の出来事で、重大なことに、

私はあがることすらできませんでした。

終わって私のところにやってきたあなたは、

「君は面白い。
 お笑いの世界に入れ。

 8月の終わりに
 僕の番組があるから
 それに出ろ。

 それまでは
 住むところがないから、
 私のマンションにいろ」

 と、こう言いました。


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極真 空手 浜松大蒲道場

お疲れ様です。(^^;;


いつもお世話になり、ありがとうございます。



本日の極真 浜松大蒲道場の稽古風景です。



本日、ギマ初段が祖国ペルーより、

7ヶ月振りに故郷?浜松に戻って参りました!^^;


また、
師範稽古終了後に細やかながら歓迎会をおこないました!(^^;;




やっぱ、極真はいいなぁーー





押忍^^;

押忍!

【ゲイツとジョブズ】


竹内一正氏の心に響く言葉より…


ビル・ゲイツはすごいプログラマーだったのか?

そうではない。

なるほどプログラムをすることは好きだった。

しかしある時、新しくゲイツと仕事を始めた若者が、すでに完成していたプログラムを見て、「誰だ?こんなひどいプログラムを書いた奴は」とバカにしてしまった。

もちろんそのプログラムを書いたのはゲイツだった。

ゲイツより優れたプログラマーはたくさんいたのだ。


ではジョブズは素晴らしいエンジニアだったのか?

そうではない。

アタリ社で一応テクニシャンとして仕事をしていたが、優秀とは言いがたいレベルだった。

アタリ社創業者ノーラン・ブッシュネルから「ブレイクアウト」というブロック崩しゲームの回路設計を請け負った時も、実際に設計したのはジョブズではなく、友人だった。

友人に頼んでやってもらい、あたかも自分で設計したようにブッシュネルに報告し、驚かせた。

むろん、その友人とは、エレクトロニクスの魔術師ウォズニアックだった。


ビル・ゲイツは天下一のプログラマーではなく、ジョブズも天才エンジニアではなかったのだ。

だが、たとえば指揮者のカラヤンも小澤征爾(おざわせいじ)も、バイオリンやフルートの名演奏家ではない。

それでも、オーケストラを率いて感動の演奏を生む。

優れた指揮者は、個々の楽器をうまく弾けなくても、問題はない。


ゲイツもジョブズも同じである。

ただし、二人は共に希代(きだい)の名指揮者であることは間違いないところだが、ビジネス術では決定的な違いがある。


ビル・ゲイツは商売を第一に考える。

だから、性能なんて後回しだ。

「天ぷらうどん」がなくても品札(しなふだ)を掲げ、お客が「天ぷらうどんをくれ」と言ったら、平気で素うどんを出す。

天ぷらの材料がなく、揚げ方もわからないが、仕入れて準備するより、手元にある素うどんでも出しておけば、ともかく「うどん」であることは間違いない。

「腹が減ってりゃ、客も文句は言わないはず」というのがゲイツ流だ。

マイクロソフトが開発したMS・DOSも、ウィンドウズも、そうだった。


それに対して、ジョブズは性能を追求する。

この目標だと決めたら、徹夜続きでぶっ倒れかかっているメンバーの首根っこをつかんででも、前に進み、目標を達成させる。

どれだけ客を待たせても、「素うどん」ではなく「天ぷらうどん」をつくり上げて客に届ける。

たとえば、マッキントッシュが設計目標をクリアして製品として完成するまでに、ジョブズは当初考えたより2年間も余計につぎ込んでいる。

ゲイツでは考えられない非効率ビジネスだ。

ゲイツが現実主義者とするなら、ジョブズは完璧主義者だった。


『スティーブ・ジョブズ 神の策略』経済界






竹内氏はこう語る(本書より)。

「ジョブズはPARC(ゼロックス社のパロアルト研究所)でパソコンの未来を発見したが、PARCを訪れた人々はジョブズ以外に数多くいた。

リンゴが木から落ちるのを見た人はたくさんいたが、そこから万有引力の法則を発見したのはアイザック・ニュートンだけだった。

また、ヤカンの蓋(ふた)が蒸気で持ち上げられるのを見た人は数限りなくいたが、そこから蒸気機関車を発明したのはジェームズ・ワットだけだった。

チャンスの女神は、往々にして私たちの手の届くところに潜んでいるようだ。

そして、人が見逃してしまいがちなチャンスを発見する力は、24時間絶えず考え続ける『持続思考』にあることは間違いない。

頭脳が問題を解こうとフル回転をしていると、チャンスのほうが手を振ってくれる」


同じものを見て、ある人はそこに大きな成功の種を発見し、多くの人はそれを見過ごしてしまう。

寝ても覚めても考え続けているかどうかが、閃(ひらめ)きの差となってあらわれる。

ある種の執念であり、勘違いにも似た思い込みだ。


とほうもない夢を実現する人には限りない魅力がある。



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今日の言葉 稽古

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「自分らしく生きる」と決めた時、運命は変わる

岩本良子(先天性骨形成不全症に負けずに会社を設立した、アイ インターナショナル社長)

▼月刊『致知』2014年3月号「自分の城は自分で守る」より

拳立て四十六回です。



押忍 石黒康之

リーダーの「リーダーシップ」
とメンバーの「モチベーション」、
そしてメンバー間の「コミュニケーション」
が上手くマッチングすると、
組織は「1+1=2」ではなく、
3にでも4にでもなる。



致知出版社様メルマガよりシェアさせて頂きました。


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2016年6月27日月曜日

極真 空手 浜松半田 蒲郡 浜松西伊場 道場

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本日の極真 浜松半田 蒲郡 浜松西伊場 各道場の稽古風景です。(^^;;



本日も一日、お疲れ様でした、ありがとうございました!




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【「ありがとう」は一日に何回でも】


リチャード・テンプラー氏の心に響く言葉より…


人は「忙しすぎて」「ついうっかり」などと言い訳したり、「前に言ったことだからいちいち口に出さなくても察してほしい」と平気で開き直ることがある。

「お願いします」「ありがとう」が忘れ去られる場面はけっこうあるのだ。

これはひとえに旧来の悪しきマナーがなせるわざにほかならない。


基本的な人間としての品位や礼儀すらおろそかにしだしたら、私たち一人ひとりの存在意義がまったくなくなってしまう。

「ありがとう」も「お願いします」も言えないくらい礼儀知らずになったら、それこそ人間もうおしまいだ。


日に何回メモを渡されようが関係ない…そのたびに必ず「ありがとう」のひと言を。

日に何回も同じことを頼もうが関係ない…そのたびに必ず「お願いします」の気持ちで。

誰かが自分のために何かをしてくれたときも、それがどんなに日常茶飯の退屈なだけでたいしたことのない雑用だろと、「ありがとう」の言葉を絶対欠かしてはならない。


一回でも言い忘れたら最後、「感じの悪い無礼者」の烙印を押されてしまう。

人の気分を害さないためにも、「お願いします」と「ありがとう」は欠かさずに。


昔の同僚に、深夜勤務、休日出勤、残業ばかりか、書類を自宅に持ち帰って休日返上で週末も働くなど、人一倍仕事に精を出す部下が自然と集まる管理職がいた。

そこで彼の一挙手一投息に注目し、自分たちの行動との違いを探ったところ、それが部下の忠誠心の獲得にあることがわかった。

ここまで来れば、私が言うまでもなく、もうお気づきだろう。

そう、彼は「お願いします」と「ありがとう」の気持ちを忘れなかった。

心のこもった「ありがとう」は、まさに絶大な威力を発揮するのである。


ほめ言葉をもらったときに自分をけなさないようにする、というのもお勧めだ。

「よくやった」とほめられたとたん、顔を赤らめて「いや、それほどでも」と口ごもるのはやめること。

それでは、せっかくのほめ言葉が台無しになる。

そんな場合はむしろ「ありがとう」と言ったほうがいい。


『なぜか出世する人の仕事のルール』ダイヤモンド社





何かをしてもらったとき、いちいち「ありがとう」というのはわざとらしい。

ちょっと会釈するくらいでいいのでは、という人がいる。


小林正観さんは、それについてこう語っている。

「心の中で思う力(想念)よりも、『口に出した言葉の力』のほうが、はるかに大きなエネルギーを持っています。

ですから、『よき仲間』を増やすには、心の中はどんな状態であれ、『ありがとう』と『口に出して言ったほうがいい』と思います」


例えば、「かけそば」を食べたいと思ってお蕎麦屋さんに入ったのに、つい「カレー南蛮」と言ってしまったら、カレー南蛮が出てくる。

どんなに強く心の中で思っていても、言葉に出したものが出てくるのだ。

これは、心の中で、「コンチクショウ」「大っ嫌いだ」と思っていても、口で「ありがとう」と言えば「ありがとう」の気持ちが伝わるのと同じだという。

だから、会釈でなくて、「ありがとう」と言葉に出したほうがいい。


「ありがとう」と「お願いします」を一日に何回も言いたい。



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今日の言葉 稽古

石黒ブログを読んで頂けるご縁に感謝致します。

いつもお世話になり、ありがとうございます。



「立派な人物というものは自分独りでいる時、つまり他人が見ていない時でも己をしっかりと律していく」

伊與田覺(論語普及会学監/100歳)

▼2011年8月号「リーダーの器量」より

拳立て四十五回です。



押忍 石黒康之